武道空手

「道端で靴を踏んだ 肩が触れたら 君たちが頭を下げればいいよ。頭を下げてケンカを売ってくる人はいないよ。もしケンカを売ってきたらのばしてしまえ。何のために空手をやっているんだ。」

極真  大山倍達総裁

押忍

武道空手

 

大食は強運なり

「おい、そこの細(こまい)いの、君の空手はハエの喧嘩だよ!

(ちなみに、この「細いの・ハエ」は私石黒のことです。(;_;)笑)

ダメだね~キミは、
そんなもんで相手が倒れるか、ばかもん!

キミたちぃ~

たくさん食べて、たくさん稽古しなさい!

大食は強運なり!、です。

技は力の中にあり!、です。

わかったーーー!」

極真                 大山倍達総裁

押忍

大食は強運なり

ある日の出来事

「ある日の出来事」

内弟子3年間の修行、寮生活を終え、改めて大山総裁にご挨拶に伺った時のこと…、

総裁
「ぉお!  キミぃ!」


「押忍!」

総裁
「ぅうん~、キミぃ~」


「押忍!」

総裁
「キミぃ…、名前なんだったけな?」


「押忍!(;_;)   石黒であります!」

(私、内心、うろたえ寂しかったですがこれは師匠は何か試しているな!、と超前向きに頭をひねる。(;_;)笑)

総裁
「(ケッケッケッケと子供のような笑顔で笑いながら)、君の名前などなんでもよろしい!」


「押忍!」

総裁
「キミぃ!  私を東京のオヤジ、事務長(奥様)を東京のオフクロだと思いなさい!

何かあったらいつでも来なさい!」


「押忍!ありがとうございます!(涙)」

極真                        大山倍達総裁

☆☆☆
よくよく考えますと昔気質の武道家武術家であった大山総裁は絶対に答えを教えてくれませんでした。

毎日が下座行、禅問答の様な会話、生活、稽古の中から自分の頭で身体で経験させ、考えさせ、気付かせ、分からせる会話、生活、稽古であった様な気が致します。

一日一日の生活の全てが真剣勝負でありました。

押忍                           石黒康之

  1. ある日の出来事

逆境は神の恩寵的試練なり

「逆境は神の恩寵的試練なり」
 
森信三先生
シェアさせていただきました。
押忍
〜〜〜〜〜〜
『天のまさに大任をこの人に降さんとするや、必ずその心志を苦しめ、その筋骨を労せしめ、その体膚を餓えしめ、その身を空乏にし、おこなうこと、そのなさんとする所に払乱せしむ。心を動かし、性を忍ばせ、その能くせざる所を曾益せしむる所以なり。』(孟子)
「天が人に大任を授けようとするときは、必ずまずその人の精神や身心を苦しめ、その筋骨を疲れさせ、窮乏の境遇におき、その行動を失敗ばかりさせて、わざわざその人を鍛えるものなのである。それは、天がその人のこころを鍛え、忍耐力を増大させ、大任を負わせるに足る人物に育てようとしている、 そんな証拠だということ。」
孟子
逆境は神の恩寵的試練なり

蒲郡道場 大掃除

極真空手 蒲郡道場 大掃除

末田師範代(参段)はじめ蒲郡道場の皆さま、
いつも本当にありがとうございます^ ^

心より感謝申し上げます。

また来年も何卒宜しくお願い申し上げます。

自分が皆様に出来る恩返しは、
「門人の皆さまの誰よりも極真の道、極真の世界にどっぷりと浸かること」であるのだと自覚しております。

まだまだ顔晴(がんば)ります!

押忍     石黒康之

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私(石黒)20歳

今から約30年前

極真会館総本部内弟子2年目修行時代

私(石黒)20歳

押忍

私(石黒)20歳

すべてがあなたにちょうどいい

【すべてがあなたを決めている
すべてがあなたにちょうどいい】

お釈迦様の言葉に、
このようなものがあります。

すべてがあなたにちょうどいい。

今のあなたに今の夫がちょうどいい。
今のあなたに今の妻がちょうどいい。
今のあなたに今のこどもがちょうどいい。
今のあなたに今の親がちょうどいい。
今のあなたに今の兄弟がちょうどいい。
今のあなたに今の友人がちょうどいい。
今のあなたに今の仕事がちょうどいい。

すべてがあなたにちょうどいい。

自分の思いどおりにならない社員に対して、
ひどく怒ったり、怒鳴りつけたり、
威張ったりする社長がいるとします。

そのような社長が、私に

「社員が自分の思いどおりにならない。
どうして思いどおりに動かないんだろう。
どうしたら、
自分の思いどおりに動くようになるか」

と相談に来ることがあります。

私は、そのような質問を受けたときは、
今書いたようなお釈迦様の
「ちょうどいい」
という言葉の話をします。

「すべてがちょうどいいのだそうですよ。
自分の思いどおりにならない社員に対して
怒鳴ったり、怒ったり、
威張ったりしていませんか?」

と聞きますと、

「それは、ときにはそうしないといけない」

と話されます。

でも、それは違うらしい。

怒鳴ったり、怒ったり、
威張っている人のもとには、
そのような社員しか集まってこない。

反対に、どんなことに対しても
笑顔で、にこやかに、温かさを持って
接することができる人は「人格者」であり、

「人格者」のもとには、
にこやかで楽しい人が集まってきます。

「私」がすべてを決めています。
すべてが自分にちょうどいいのです。

「私は会社を辞めたいと思っている。
うちの会社はこうで、専務はこうで、
社長はこうで、部長はこうで、
どうしようもない。嫌になる」

と話す人が結構います。

そういうとき、私は次のように話します。

「あなたの言っている上司や会社は
たしかにそうかもしれません。
100%正しいことを誇張なく
言っているのかもしれませんが、
あなたはその会社で給料をもらって、
それで食べているのですよね。

自分の生活を成り立たせてくれる
会社や上司に対して、
そういう愚痴や悪口を
平気で言えるあなたは
どうしようもない社長、専務、部長と
同じような、どうしようもない社員なので
ありませんか?」

そう言われてショックを感じつつも、
ハッと気づく人がいます。

つまり、
人の悪口、会社の悪口を言っている
というのは、実は、
全部自分を暴露していること
にほかならないのです。

ー 小林正観 -

シェアさせていただきました。

押忍

すべてがあなたにちょうどいい