ティックトック

本日の蒲郡道場幼少年少女部の稽古前

子供達が可愛らしいダンスを踊っていたので、そのダンスは何?と聞いてみると!

みんな一斉に、
「先生知らないのーー、ティックトックで調べてみなーー」のこと!

早速、子供達の手ほどきを受けながらティックトックを検索、ダウンロード。

これがまた、めちゃくちゃ面白いのです!(^^)

詳しい使い方などはまだ全くわからないのですが、

私の場合は、個人的にやる訳ではなく、
あくまでも仕事(道場経営)としてこの動画アプリを何とか極真空手伝達の手段として、
使えないものかとあれからずっと考えております。

どちらにしましてもいつの時代でも子供達、
若者達の進化のスピードは恐ろしいくらいに早い!
(特に面白く為になるものへ飛び付く、感付く嗅覚は素晴らしいものがあります。)

このスピード感に付いていけなくなり批判や、
若者たちの目を積む方へ回ってしまった瞬間に時代から取り残され、
道場経営も衰退していってしまうのであろうと危機意識がさらに高まりました。

(決して時代に迎合するわけではありません。
温故知新、不易流行の気持ちを持っていなくてはいけないという意味での危機意識であります。)

いつの時代でも国を世界を世の中を変えていくのは若者たち

変に物分かりの良い大人になるつもりなんて毛頭ありませんが、
しっかりと若者たちのサポート、
後押しを出来るだけの器量を持つ大人にはなりたいと思っております(^^)

格好いい中年に、

格好いいオジさんに、

格好いいオヤジに、

格好いいジイジイに、、、、なりたいものですね!笑

いつも本心から思うのですが、

「毎日毎日、道場にて地域社会の子供たちを指導させて頂き曲がりなりにも、
皆さんが先生、先生と呼んでくれている訳ですが、、、、

実は、教えられているのは私自身であり、
子供たちが私にとっての本当の意味で先生なのではないのか、、、、」と。

最後に私の大好きなダーウィンさんの御言葉で締めくくらせていただきます。

生き残る種とは、

最も強いものではない。

最も知的なものでもない。

それは、変化に最もよく

適応したものである。

- ダーウィン -

押忍! 石黒康之ティックトック

私にとっての幸せとは

本日、
蒲郡道場での稽古指導を終え、
いつも通りに浜名バイパスを使っての帰宅途中、、、

あまりにも、
お月様と海が綺麗でしたので、
バイパスを途中下車し暫くの間、、

ボォーーと、
ただただ、ボォーーと、
ひとり海を眺めておりました!(^^)

思い起こせば今から約20年前の20代後半から30代の約10年間

私自身完全に自分の分を履き違え、
勘違いしてしまい、

浜松の街中にて飲食店を4店舗、ジム経営を2店舗、物販店を1店舗、
まるで青年実業家?気取りで事業経営をしておりました。( ; ; )

その当時の私は何をやっても足りない、足りない、のオンパレード。

心の中は常に虚しく空虚で満たされない冷たい風が吹いておりました。

その虚しさ空虚さを埋めるために、
自分の事業にかこつけて毎晩、毎晩、夜の街に繰り出しておりました。( ; ; )

(完全に勘違いしていた馬鹿な私は、
それがステータスであると信じ切っておりました。

今考えると正に汗顔の至り、
顔から火が吹き出しそなくらい恥ずかしい思い出の数々であります。
反省しても仕切れない恥ずかしい恥ずかしい思い出であります。

当時、皆様方には多大なるご迷惑をお掛けしてしまい大変申し訳御座いませんでした。
本当にすみませんでした。

心の底から反省をしております。
押忍!)

当時、
そんな足りない、足りない、何かが足りない、、、
という時期を過ごしていた訳でありますが、

実は本当の幸せ、充実感というものは、
何のことはない全て、初めから自分の中に、、、

そう、
全ては、初めから自分の中に持っていたものばかりなのでありました!

(あれだけ追いかけ回した幸せの青い鳥は、
実は自分の心の籠の中に初めから居たということです。)

夜な夜な、夜の街に繰り出して憂さ晴らしなんかをすることより、、、

私の場合は、
極真空手の稽古をし、
綺麗な海やお月様を眺めている方が、

どんなにか、心が安らぎ、
どんなにか、幸せかということを、、

さぁ、愛する家族が待つ自宅へ帰ろっと!笑 (^^)

皆様、いつもありがとうございます。

今後ともどうか宜しくお願い致します。

本日も一日、ありがとうございました、お疲れ様でした。

押忍(^^)                                石黒康之

 

 

 

私にとっての幸せとは 私にとっての幸せとは

武道教育

武道教育 武道教育 武道教育 武道教育

私の原点である「わがカラテ 武道教育」(講談社)

今一度、師の教えを読み返しております。

押忍                                 石黒康之

親子で極真空手 「 無言の教育」

https://ameblo.jp/kyokushin-haneda/entry-12385086837.html

実は私石黒の父親も今から約40年程前、私が極真会館に入門後程なくして極真の道に入門致しました。
(当時の極真で3級の緑帯まで取得)

(当時40年程前の極真空手。
道場内での決まり事は現在の比ではなく絶対であり、
親子であろうが少年部であろうが先に入門した方が先輩、
親父も道場の中では私の事を先輩としてしっかりと立ててくれておりました。)

当時地方支部とはいえ約40年程前の極真空手道場、
現在とは確かに厳しさが厳かさが段違いに違っておりました。
(あの当時の極真を知っている大先輩方なら首を大きく縦にに振っていただける事実であると確信致します。)

勿論、
組手に於いてもサポーターなど一切なく、
一緒に稽古をしている私の目の前で、
親父は汗みどろ血まみれになりながら稽古を続けておりました。

(時には私の目の前で悶絶して苦しんで倒れている親父の姿を何度も見ました。)

その親父の壮絶な姿を見ながら感じながら、
いわゆる極真 少年部時代を私は過ごしたのであります。

(今現在の極真空手道場しか知らない方は信じられないかも知れませんが、
当時の極真では少年部は単なるお飾り、
道場には私の他に1〜2名の少年部が在籍しているに過ぎませんでした。)

そんな状態で親父と一緒に汗をかき毎回毎回の稽古をこなしておりました。

賛否両論あるとは思いますが、

そんな親父の後ろ姿を見せる「無言の教育」方法

いまこの歳(48歳)になって果たして私に出来るのだろうか?、と日々自問自答を繰り返しております。

実は私の親父は教育者(高校教師、現在は定年を迎えております)であります。

皆様におかれましては随分と私が熱心に教育されたとお思いになるかもしれませんが、

私の記憶に残る範囲では一度も「勉強しろ」とか「稽古しろ」とか言われたことはありません。

(ただ人の道に外れた事は絶対に許されれませんでした。)

私の記憶に残っているのは、
ただただ汗みどろ血まみれになりながら、
私と一緒に稽古を黙々と続けている親父の後ろ姿のみなのであります。

「後ろ姿を見せる無言の教育」

子育てにおける所の「父親」のスタンスはひょっとしたらこれだけで良いのではないか、とさえ最近考えてしまっております。

(勿論、親父は決してただそれだけで無く、
自分が道から外れそうになる度に現在でも厳しく叱咤してくれ、
力尽くで正しい道へ引き戻してくれております。
ありがとうございます!(^^))

「率先垂範」

使い古された言葉ではありますが身に染みている今日この頃であります。

そういえば、
師匠 大山倍達総裁も私が内弟子時代の3年間、
特別な用事が無い限り週に3回〜4回は現場道場にて稽古を付けて下さいました。

そしてその稽古中、
門下生の誰よりも汗をかき身体を動かし情熱的に稽古をされていたのも大山総裁でありました。

羽田師範、素晴らしいブログをありがとうございました。

心より感謝申し上げます。

親子で極真空手 「 無言の教育」

押忍                           石黒康之

極真会館 審判審議委員会 会議

本日、渋谷にて極真会館 審判審議委員会会議に出席させて頂きました。

さすが渋谷、
駅前では様々な撮影風景に遭遇致しました!(^^)

本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。

押忍(^^)

 

 

 

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極真空手本来の稽古

本日の様な梅雨の蒸し暑い日の、
約26、27年前の極真会館 総本部道場一階道場にて、
内弟子同期数名が集まって自主稽古をしていた時の思い出、、、


会館ロビーで内弟子後輩たちの緊張した声が「押忍!、押忍!」と一階道場の中まで聞こえてくる。

(総裁が外出先から会館に戻ってこられた緊張感が一階道場の中まで伝わって来ました。)


そんな緊張感の中、いつもの如く、
総裁が一階道場の引き戸をガラガラガラと勢いよく開けられる。

(当時、大山総裁は外出先から帰ってこられた際や外出される際に一階道場や地下道場で稽古をしている門下生がいると必ず声掛けをされ稽古のアドバイスなどをして下さいました!
総裁がお忙しい時などは、
「いま誰が稽古してるの?」と必ずロビー番の内弟子に門下生の名前を確認されておられました。)


総裁が一階道場をのぞかれ大大大緊張の中、
我々内弟子同期は総裁に対して最大限の声で「押忍!」と挨拶!

と、、その束の間、
私たちがミット稽古をしていたのを見て総裁は大激怒!

「君たち内弟子はそんなミットを使った稽古なんてするな!
私が内弟子稽古で教えている空手本来の稽古をしなさい!
キックの真似事なんてしてどうするのぉー!
バカモン!」と大叱咤!

(総裁は決してミット稽古を否定されていた訳でなく、
極真空手の基礎を学ぶべき内弟子期間(3年間)はしっかりと空手本来の稽古をしなさい!ということだったのだと思います。)

今振り返りますと、
私が内弟子第19期生として修行した3年間、
総裁の稽古でミットを使った稽古を一度たりとも御指導頂いた事はありませんでした。

(また私が修行していた3年間、
当時の総本部の一般稽古でもほとんどミット稽古は行われていなかったと記憶しております。)

もう、毎日毎日、
本当にいつ終わるともわからないくらい延々と続く、
極真空手本来の補強稽古、基本稽古、移動稽古、型稽古、三本組手、一本組手、約束組手、自由組手の稽古のみであったと記憶しております。

(あくまでも、私石黒の拙い記憶であります。間違っておりましたら申し訳御座いません。)

つい先日(2018年6月3日)に大阪にて開催されましたIKOセミコンタクトルールの稽古を深く掘り下げていくにつれ、
改めて空手本来の稽古の重要性、必要性、
また、
空手本来の稽古がいかに大切でキツイ稽古であるのかの気付きを頂き再認識させて頂いております。

松井館長、本当にありがとうございます!

本日、蒸し蒸しと暑い道場での現場稽古指導の中、
内弟子時代当時の記憶がフツフツと蘇ってまいりました。(^^)

押忍! 石黒康之

***

このシリーズ、
あくまでも私石黒が極真 総本部 内弟子 第19期生として過ごした3年間のみの体験、経験をもとに書かせて頂いております。

全国、全世界中におられます優秀な極真 師範、諸先輩、諸後輩の皆様におかれましては、
私が体験した3年間の拙い経験として受け流して頂けましたら幸いであります。

皆さま、本当にいつもありがとうございます。

今後とも御指導の程を何卒宜しくお願い申し上げます。

押忍! 石黒康之

 

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