本当の意味での強さ

ある日の内弟子稽古より、、、

「いいか、君たち、
君たちが道着を着て稽古して汗を流しているから、
皆んなから、先生、先輩、と言ってもらえるんだぞ!

君たちが道着を着なくなって稽古しなくなったら、
もうただの人なんだぞ!

本当の意味での強さとは最後まで道を諦めずに辞めなかった人間のことなんだぞ!」

大山倍達総裁

*****
それと同時に総裁には、
「道着を着ていない時(普段着の時)でも極真の黒帯だと分かるような立派な立ち居振る舞いの出来る人間になりなさい。
道着を脱いでいる時にこそ本当の意味での真価が問われるんだぞ!」
とも口酸っぱく御指導を頂きました。

押忍                      石黒康之本当の意味での強さ

喧嘩

「たてまえではいろいろあるよね、

心身を強くするために空手を始めたと。

それはたてまえであって、

本当はケンカに強くなりたいんだよ。

ケンカに強くなリたいやつが、

早いし強い。」

大山倍達総裁

内弟子時、総裁のこのお言葉には心底痺れました!

この総裁のお言葉を文面通りに捉えてしまえば、

今現在の世の中では理解され難く賛否両論、

ある意味、批判の対象にされ兼ねません。

しかしながら、

総裁の残された他のお言葉の数々をよーく理解しながら読んでみれば、

文面こそ過激ですが実は物凄く人間の本質論に迫る理にかなったお言葉であることに気付いて参ります。

私個人的な解釈ではありますが、

極真空手、大山倍達総裁の空手とは、

全ての面で理屈でなく実践(行動)がものを言う空手であると理解しております。

当時の道場稽古にしましても先ず稽古量が半端ありませんでした。

兎に角、一つ一つの技の動作を繰り返す量が半端なく凄かったのです。

(特に内弟子稽古では一動作の移動稽古、

一つの型稽古、一つの技の三本組手などの対人稽古を各々延々と一時間以上繰り返すのは当たり前でした。)

実践なくんば、証明されず、

証明なくんば、信用されず、

信用なくんば、尊敬されない!

大山倍達総裁

上記の、

「実践」を「行動」に置き換えてみれば、

もうこの地球上の法則、

原理原則であることには間違いない訳であります。

何事にも於いても率先垂範、先ずはやってみる、行動してみる空手、

それが極真空手であると自分は個人的に考えております。

「君たち!

出来ないんじゃないんです、やらないんです!

やれば出来るよ!」

50歳の声を聞く一歩手前、

今更ながら総裁のお声が頭の中を駆け巡っております。

押忍!                            石黒康之喧嘩

我人間ぞ

空手家であり、

指導者であり、
経営者であり、
それよりも何よりも一家の長であり、
人間である!
押忍                         石黒康之我人間ぞ

修業とは

修業とは■修業とは矛盾に耐えることを覚えることといっていい。

■前座という修業期間には徒弟制度という矛盾に耐える稽古を積んできた者の方が、人間的な幅がつく。

ところが下手をすると、この形式に耐えてきたというだけで威張る者も出てくる。

■矛盾というか、いいたいこともいえないし、自分の意見や主張がまるでいえない状態に耐えてきた人の方が、後になって、後輩に対して思いやりがあるようになるもので、ストレートに育ってきた者より、はるかに理解力がある。

立川談志(落語家)

押忍!

あの頃の浜松を、、、

本日、極真 浜松大蒲道場師範稽古の指導を終え自宅へ帰る途中、
浜松市街中の旧松菱デパート跡地に興味を惹く看板を発見致しました!

文章を読ませて頂いて、、、

私が小学生、中学生、高校生時代(今から約30年〜40年前)の浜松市中心街の賑わいを思わず想い出してしまいました。(^^)

その時代の浜松市中心街には様々なデパートやお店がひしめき合っており、
休日ともなれば相当な人出や賑わいがありました。
(特に私が小学生時代には今の浜松城公園に動物園がありそれはそれで子供心にも楽しくて楽しくてたまりませんでした。^_^)

何より何より、
街中に出るだけで楽しくてワクワクしたのを思い出します!(^^)

浜松市中心街の活性化問題などは、
私の様な一介の一町空手道場の先生が言よする余地は御座いませんが、
私は私のフィールドである極真空手道場を通して少しでも浜松市の活性化や地域社会のお役に立てればと糞真面目に考えております。

その為には先ず、、、

「修身斉家治国平天下」

何よりも己自身の身の修養に努め、
家庭円満の日々を送る事を第一義に努めて参りたいと思っております。

押忍                         石黒康之あの頃の浜松を、、、

時間は作るもの

時間は作るもの 時間は作るもの 時間は作るもの稽古(空手)する暇がないという人は、
たとえ暇ができても、
稽古(空手)することはできない。

「時間は作るもの、
出来ない、やらない理由を探さない。」

*******
自分自身への戒めで書かせて頂きました。

押忍!

態度教育(しつけ教育)の徹底

態度教育(しつけ教育)の徹底
押忍!
********
[親の敷いたレールを逸脱する] 習志野台幼稚園理事長、いぬかい良成氏の心に響く言葉より…

これからの時代は、AI(人工知能)のロボットが、今まで人がしていた仕事を担っていくといわれています。

親の言う通りに勉強して、単に知識をたくさん詰め込んでも、AIにはかないません。

そうした中で生き残っていけるのは、従順なロボットのような「良い子」ではなく、従来の常識を打ち破るような革新的で突き抜けた発想のできる子どもです。

親のイライラにおびえ、親の機嫌を損ねない「良い子」を演じたまま成長すると、「良い子症候群」に陥る危険性があります。

「良い子症候群」は、「良い子」であると他人に認めてもらうことでしか自分に自信を持てません。

そのため、少しでも誰かに注意されたりすると、極端に落ち込んだり、あるいは逆ギレしてしまうことが多いのです。

「うちの子はどうしてこんなに悪い子なんだろう?」

そう思い悩んでいるお父さんお母さんは、我が子が「良い子」でないことをむしろ歓迎してください。

私の持論は「子どもは悪い子に育てましょう!」です。

もちろん、「子どもを乱暴者に育てましょう」とか、「子どもを犯罪者に育てましょう」と言いたいわけではありません。

私のいう「悪い子」とは、簡単にいうと”親の敷いたレールから逸脱する子ども”です。

多くの子どもたちは、「あなたには無理!」とか「これはダメ」「あれもやめなさい」「そうじゃなくて、こうしなさい」と、親の決めたルールにがんじがらめにされています。

そんな親の決めたルールに支配され、親の望むゴールに向かってひょろひょろ伸びているきゅうくつな道…それが親の敷いたレールです。

親が思い描く幸せが、必ずしも子ども自身の幸せとは限らないのです。

「いい学校に行きなさい。そうすれば人生幸せになれるから」と、親の敷いたレールに沿って子どもが一流大学に合格したとします。

しかし、その子が自ら「行きたい」と望んだのではなく、ただ親の進める大学に入った場合、子どもは入学した後の人生を描けなくなってしまいます。

大学に入るという目的が達成されそこで燃え尽きてしまう、いわゆる「燃え尽き症候群」になってしまいます。

しかし人生が始まるのはこれからです。

社会に羽ばたく前の通過点に過ぎない大学入学が、人生の終着駅になってしまっていませんか?

『子どもは「悪い子」に育てなさい』楓書店

いぬかい氏は本書の中でこう語っている。

『「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションに過ぎない」

これはアインシュタイン語録のひとつです。

「これが常識!」と信じて親がこどもに押しつけているルールは、実は親の限られた経験と知識による「偏った常識」であることがよくあります。

古今東西、偉業を成し遂げた人物には、子どものころに問題児だったというエピソードが多々あります。

「Think different」…これは、「世界を変えた人たちは、変人だった」というメッセージを伝えるアップル社(スティーブ・ジョブズ)の有名なCMのキャッチコピーです。

このCMに登場するのは、トーマス・エジソン、アルベルト・アインシュタイン、パブロ・ピカソ、ジョン・レノン、アルフレッド・ヒッチコック、モハメド・アリなど、歴史に名を残すイノベーター(改革者)ばかりです。

たとえばノーベル賞を受賞した天才物理学者のアルベルト・アインシュタインは、子どものころから天才だったわけではなく、10歳近くになっても言葉をまともに話せず、クラスメイトにバカにされていたといいます。

トーマス・エジソンは、小学1年の算数の授業で「なぜ1+1は必ず2になるの?2つの粘土を混ぜたら、ひとつの粘土になるじゃないか」と教師にしつこく食い下がり、「この子は頭がおかしいから、もう学校に来なくていいです」と教師に見放されてしまいます。

そのため、エジソンは小学校さえまともに出ていませんが、ご存知の通り、彼は世界屈指の発明王になりました。

けれど、残念ながら「出る杭は打たれる」のが世の常です。

特に日本の社会は周囲との協調性を重んじ、「長いものには巻かれろ」とか「寄らば大樹の陰」といったメンタリティが強いので、空気を読まずに和を乱すような子どもは、まさに「出る杭」として周りから叩かれがちです。

それは、他の子どもと違うユニークな「個性」を持っている証拠です。

たとえ自分の子どもが扱いにくいと感じても、他の子どもと比べてそれを恥じたり、ムリに押さえつけるのはやめましょう。

長いものにイージーに巻かれない子どもには、未来に花開く素晴らしい「ギフト」が宿っている可能性がありますから。』

また、いぬかい氏は、親が決めたルールを押しつけてはいけないとは言っても、すべてを子どもの自主性にまかせ、自由奔放にやらせていいということではないという。

人としての土台となる基礎は身につけないと単なるわがままな子どもになってしまうからだ。

そこで必要となるのが「態度教育(しつけ)」だ。

「あいさつ」「返事」「履物をそろえる」「姿勢を正す(立腰)」「食事のマナーを身につける」という5つの基本要素。

今までは、いい大学に入り、安定した大企業や官公庁に入るといったことが安泰で、人生の幸せにつながった。

しかし、これからは違う。

想像もつかないような大変化がやってくるからだ。

自ら考え、創造性を発揮し、新しいことにチャレンジし、冒険し、行動する人でなければ生き残ってはいけない。

その基本になるのが、教育だ。

何かを覚えてそれを再生するだけの記憶勝負の教育では、AIに一瞬にして負ける。

「親の敷いたレールを逸脱する」

いい大人になっても、親の敷いたレールから外れられない人は多い。

従来の常識を打ち破るような、革新的で突き抜けた発想を大事にする人でありたい。

■メルマガの登録と解除はこちらから
http://hitonokokoro.com/

■「人の心に灯をともす」のfacebookページです♪
http://www.facebook.com/hitonokokoro

■【人の心に灯をともす】のブログはこちら
http://ameblo.jp/hiroo117/

■Twitterはこちらから

シェアさせていただきました。

押忍態度教育(しつけ教育)の徹底

天浜線 気賀駅前グルメ

天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ 天浜線 気賀駅前グルメ本日、支部冬合宿終了後、
天竜浜名湖鉄道(天浜線)気賀駅周辺をぶらぶらと散歩をしてみました(^^)
(極真 浜松気賀道場は気賀駅前の好立地道場です!)

写真は気賀駅前の藤田屋さんの大判焼と貴長さんのラーメンです!(^^)

「灯台下暗し」

こんなに美味しい大判焼とラーメンが極真 気賀道場の近所で食べられたのですね!(^^)

美味しかったーー

ご馳走さまでした、ありがとうございました!(^^)

押忍(^^)