春の肌寒い夕方の想い出

今から、約30年前の極真 内弟子修行時代
春の肌寒い夕方の想い出、、、

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何かのお供で事務長(大山総裁の奥様)と池袋の街をご一緒に歩かせて頂いた時

偶然、街の片隅に乞食(ルンペン、今でいうホームレス)の方の横を通り過ぎた後に、、、

「石黒くん、総裁はね、、、
困った人達をみると黙っていられなくなっちゃうのよ、

ある時ね、
今日みたいな肌寒い日に薄着で寒そうなルンペンにね、
自分が着ていたセーターを脱いで、
そのルンペンに着せてあげちゃうのよ、、、

わたしが肌着一枚にになった総裁に、
あなた寒くないんですか?、と聞くと、、、

私は鍛えているから大丈夫、
平気だよ、
と答えるのよ、、、

(本当は総裁が寒そうに見えたそうです。)

あなた達、極真の内弟子はね、
困っている人達の味方、弱者の味方になるのよ、、、

総裁の下でしっかりと学びなさいよ、、、」

と、、、、

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本日、蒲郡道場の指導が終わり、
肌寒い道場にてフッと思い出した約30年前のエピソードでした。

いつもお世話になり本当にありがとうございます。

皆さま、今後とも宜しくお願い申し上げます。(^^)

押忍 石黒康之春の肌寒い夕方の想い出 春の肌寒い夕方の想い出

徒弟制度(内弟子制度)

徒弟制度(内弟子制度)

■修業とは矛盾に耐えることを覚えることといっていい。

■前座という修業期間には徒弟制度という矛盾に耐える稽古を積んできた者の方が、人間的な幅がつく。

ところが下手をすると、この形式に耐えてきたというだけで威張る者も出てくる。

■矛盾というか、いいたいこともいえないし、自分の意見や主張がまるでいえない状態に耐えてきた人の方が、後になって、後輩に対して思いやりがあるようになるもので、ストレートに育ってきた者より、はるかに理解力がある。

立川談志(落語家)

押忍!徒弟制度(内弟子制度)

稽古とは「古を稽(考える)」、よって食事をとり睡眠をとり、トイレに行く様に毎日毎日当たり前にしていかないといけないのである。

本日(H28・1・19)の様な寒波到来、雪が降る、
そんなある寒い日の総裁稽古(内弟子のみ参加可能)でのお言葉…、

「君たちぃねぇ、
今日は雪が降るから、稽古しない、
今日は雨が降るから、稽古しない、
今日は台風が来るから、稽古しない、

そんなこと言ってたら、
君たち、いつ稽古するのぉよぉ~~

雪が降ろうが、
台風が来ようが、
槍が降ろうが、(;_;)

いつ如何なる時でも稽古するのぉよぉ~
やらない、できない理由を探し出したらキリがないのぉよぉ~

ダメだよ~

きみたちぃ、 稽古だよ~〜

わかったぁ! 」

極真 大山倍達総裁

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「このシリーズ、あくまでも、
わたし石黒が第十九期生として内弟子修行した三年間当時の、
拙い記憶、日記、メモをもとに書かせて頂いております。

強烈猛烈な師匠への憧れ、 尊敬、
何度でも何度でも、繰り返し繰り返し、同じお話をされる総裁。

その強烈なインパクトで、今もって総裁のお言葉が頭に耳にこびり付いております。

その辺りを御理解して読んで頂けると非常に幸いであります。

内弟子諸先輩後輩の皆様方、また優秀な極真会館、師範、先生、先輩、後輩の皆様方がおられる中、
誠に僭越では御座いますがあえて書かさせて頂いております、御理解の程をどうか宜しくお願い申し上げます。

いつも本当にお世話になりありがとうございます。

今後とも御指導御鞭撻の程を宜しくお願い致します。」

押忍!稽古とは「古を稽(考える)」、よって食事をとり睡眠をとり、トイレに行く様に毎日毎日当たり前にしていかないといけないのである。 稽古とは「古を稽(考える)」、よって食事をとり睡眠をとり、トイレに行く様に毎日毎日当たり前にしていかないといけないのである。 稽古とは「古を稽(考える)」、よって食事をとり睡眠をとり、トイレに行く様に毎日毎日当たり前にしていかないといけないのである。