神道 八百万の神々

神道  八百万の神々我が家ではハロウィンが終わったらすぐにクリスマス、そしてお正月気分!笑 (^^)
(古代ケルト人のお祭り〜教会、
そして大晦日のお寺で除夜の鐘からの神社で初詣)

これも日本国古来の神道(八百万の神々)のなせる技!(^^)

世界中の神様が喧嘩もせずに仲良くし合い、
色々な宗教のお祭りを受け入れて祝う事が出来る国それが、、、

日本国

世界中で起こっている紛争、戦争のその殆どが宗教がらみであると思うと、
この日本に生まれてきて本当に良かったと感謝せずにはおられません。

俺が正しいんだと、
正義が生まれた瞬間に悪者ができる。

だったら正義も悪者も全部認め受け入れて、
清濁合わせて飲み込んで(楽しんで?)しまえば争い事は起こらないのではないのでしょうか、、、

その国、日本で生まれた武士道精神(神道・仏教・儒教の融合体)

そこに明治維新後に入って来た西洋思想哲学を融合させて、
思想、哲学、民族、医療、科学、運動などの様々な分野で東洋と西洋の良い所が良い意味で生成発展されていけば、、、

きっと自分たちの子供世代、孫たちの世代にはアッと驚く素晴らく新しい「モノ」が出来上がっているのであろうと一人妄想に浸っているとワクワク感が止まりません。(^^)

繰り返しますが上記記述はあくまでも、
学の無い唯の一町空手道場の先生の妄想に過ぎません。笑

「おもしろき、こともなき世を、おもしろく、すみなすものは心なりけり」
高杉晋作

私は最近この言葉が大好きです!(^^)

最後に以下、松下幸之助先生(パナソニック創業者)のお言葉を引用させて頂きます。

*****
「日本人としての自覚と誇り」

““国破れて山河あり”という言葉があります。
たとえ国が滅んでも自然の山河は変わらないという意味ですが、山河はまた、われわれの心のふるさととも言えましょう。
歴史に幾変転はあっても、人のふるさとを想う心には変わりはありません。
この国に祖先が培ってきた伝統の精神、国民精神もまた変わることなく、お互い人間の基本的な心構えであると思います。

われわれは日本という尊いふるさとを持っています。
これを自覚し誇りとし活動する、そこにはじめて、お互いに納得のいく動きが起こるのではないでしょうか。

日本人としての自覚や誇りのないところには、日本の政治も経済もないと思うのです。

松下幸之助

押忍                                            石黒康之

あの時のあの苦しみ

あの時の苦しみ
あの時の苦しみは私にとっては苦しかったが、今はなんともない

これからの苦しみ
これからも苦しいのかもしれないが、後になったらきっとなんともない

て、ことはいつの時でも苦しみは付いてまわってくる

本当は苦しみなんてなにもないんじゃないのか

苦しみの本質は楽しみ
楽しみの本質は苦しみ

て、ことはやはり何もないんじゃないのか

こりゃ、安心して生きてればいいな

大丈夫、大丈夫、大丈夫
何があっても大丈夫、なんとかなる
大したことなんて何もない

生まれてきた瞬間に死ぬことが決まっているのだから、
自然に死ぬまで生きてりゃいい

あせる必要はない

だから、大丈夫、大丈夫、大丈夫

生きてりゃこそ

生きてりゃ、なんとかなる

だから、やっぱり、大丈夫、大丈夫、大丈夫 (笑)

押忍                 石黒康之

 

あの時のあの苦しみ

生きてりゃこそ

生きてりゃこそたぶん、
人間、死んで終わりではない、、 、

ずーっと、ずーっと続く、
何かしらの空間の中の一部で、
生まれて死んでいくいうことをただただ繰り返しているだけ

それが人生

死んだらラクになる

だけど生きてりゃこそ

生きているからこそ、
美味いものも食べられるし、腹の立つことも経験できる

生きている間におもいっきり苦楽を味わおっと

きっとそれだけが、
人間の心魂を成長させることが出来るただ唯一の道

たぶん、
それを何度も何度も繰り返しているだけで死んだら終わりではない

じゃあその先は、、

自分は人間だから分からないし、 、

考える必要もない、、 、

そこから先は神様の領域

日本国の神様は天照大神様(太陽神)

太陽に近付き過ぎたらひとたまりもない

程よい距離が一番よい

それと同じく、
人間が無闇に神様の領域に近付き過ぎたら、、、

たぶん必ず罸があたる

本当かどうか、正しいかどうかなんて、

自分にはどっちでもいい

自分の中で腑に落ちて、
今世、たのしく、ワクワク生きられるんだったら、

本当か本当でないか、正しいか正しくないかなんて、

どっちでもいい

押忍                                           石黒康之

自分のことは自分でする

自分のことは自分でする極真 静岡西遠・愛知東三河支部では、
道場へのお稽古に自宅から道着を着て来る事を基本的に禁止しております。

道着は必ず持参して、

道場で着替えさせ、

脱いだ私服は必ず折り目正しくたたみ、

帰りには私服に着替え、
稽古し終えた道着をしっかりとたたんで帰る様に口うるさく指導しております。

基本的に私は何もお手伝いしません!

帯が解けても、自分でやり直しさせております。

(勿論、3歳児4歳児の入門初期段階や稽古の進行状況での例外はありますよ!^^;)

先ずは、

「自分の事は自分でする。」

「自分一人で生き抜く力を身に付けさせる。」

特に入門初期段階では徹底的指導しております。

(実は私自身も見届ける忍耐力の稽古修行になっておるのであります。笑)

押忍!

譲り合いの精神

本日は終日、浜松市内停電が続き至る所の信号機が機能しておりませんでした。

車社会の浜松

その至る所の無信号状態の交差点

自分が本日終日、運転した限りでは唯の一度もクラクションの音を聞く事はありませんでした。

いや、むしろ普段よりも交差点の中では譲り合いの精神が見事に働きスムーズに動いている様な気さえ致しました。

一刻も早くの復旧をお祈りしつつも、
車を運転しながら妙な爽快感に一日中浸っておりました(^^)

日本国に生まれて本当に良かった!

本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。

押忍(^^)                                      石黒康之

譲り合いの精神

何が真実で何が嘘か

 

何が真実で何が嘘か

 

昨今のスポーツ界に於ける暴力問題

何が真実で何が嘘であるのかは私には全く分かりませんが、

私が所属する極真空手の世界では、
指導者がお弟子さんに対してただ感情に任せて手を挙げている姿場面を唯の一度も見た事が私にはありません。

このことは断言出来ます。

(かなりの昔以前には空手をやった事のない御父兄がただ感情に任せて、
自分の子供に手を挙げている場面を目撃しましたが現在では指導が徹底されており、
私の知る限りでは皆無となっております。)

まして極真空手は直接打撃制のフルコンタクト空手のパイオニア

実際に相手に叩かれる事によってはじめて本当の「痛み」を知り、
それより何よりも実際に相手を叩く事の方が実は、
本当の意味に於いて「痛い」ということに気付く事が出来るのです。

心情的には叩かれるよりも叩く方が「本当の意味で痛い」のです。

成熟された社会において暴力は絶対に許されてはいけないのです!

ネット社会、情報化社会と言われ久しいですが、
しっかりと真実を見極められる目を養っていきたいと思います。

押忍                                             石黒康之

教え育てる

教え育てる 教え育てる 教え育てる 教え育てる

 

ある日の極真会館 総本部道場 二部稽古終了後、総裁室に稽古報告に出向いた時のお話し、、、
(私が内弟子三年目の初段黒帯の時のお話しです。)

「君ぃ、汗をかいてないじゃないか!

君が指導なんかしちゃだめだよ、

君はただ号令をかけるだけなんだよ、

一緒に身体を動かして誰よりも汗をかかなくちゃダメじゃないか!

だから君は強くならないんだよ!

バカもん!

君は、ダメだねーー」

大山倍達総裁
「実践なくんば証明されず、証明なくんば信用されず、信用なくんば尊敬されない」

押忍!

☆☆☆☆☆

怒るんじゃなく

叱るんじゃなく

一緒に行い

一緒に教え

一緒に育つ

押忍                                石黒康之

教え育てる

教え育てる 教え育てる 教え育てる

 

ある日の極真会館 総本部道場 二部稽古終了後、総裁室に稽古報告に出向いた時のお話し、、、
(私が内弟子三年目の初段黒帯の時のお話しです。)

「君ぃ、汗をかいてないじゃないか!

君が指導なんかしちゃだめだよ、

君はただ号令をかけるだけなんだよ、

一緒に身体を動かして誰よりも汗をかかなくちゃダメじゃないか!

だから君は強くならないんだよ!

バカもん!

君は、ダメだねーー」

大山倍達総裁
「実践なくんば証明されず、証明なくんば信用されず、信用なくんば尊敬されない」

押忍!

☆☆☆☆☆

怒るんじゃなく

叱るんじゃなく

一緒に行い

一緒に教え

一緒に育つ

押忍                        石黒康之