水炊きと一撃カレーと一撃くんソーセージ

極真 大山倍達総裁 直伝 若獅子寮名物 「水炊き」と、
「一撃カレー」と「一撃くんソーセージ」の最強コラボです!(^^)

「大食は強運なり!」
by大山倍達総裁

大山総裁は間違いなく「食」で人をみていたと思います。

内弟子時代の私は「小食」でガリガリ

あまりにも私が太らないので、
総裁より、
「キミのお腹の中にはたぶん虫がいるよ、玉ねぎを生のままバリバリ食べなさい!」と言われる始末。笑

食事で総裁のお付き合いができなかった私は総裁よりダメな奴、
と間違いなく思われていたと思います。

また稽古の時、総裁より、
「キミの空手はハエの喧嘩だよ!そんな技で相手がたおれるか!
バカモン!
しかしキミはダメだね〜〜」

とダメ出しばかり、、、

しかしながら、
総裁より褒められた事など滅多になかったが為に50歳になる今でも、
「極真空手で強くなる!」という壮大な夢を追い求めていく事が出来ているのだと逆説的に思います。

全ては結果論

全ては師匠の御指導のお陰

「いまから、ここから、」

「極真空手道」

道は果てしなく遠いです!

押忍                          石黒康之

水炊きと一撃カレーと一撃くんソーセージ 水炊きと一撃カレーと一撃くんソーセージ 水炊きと一撃カレーと一撃くんソーセージ 水炊きと一撃カレーと一撃くんソーセージ

ストレス

ストレスとは、自分の思い通りにならない、ということ。

ところが、宇宙にはストレスという現象は存在しません。

「私」がストレスを感じた瞬間に、初めて宇宙にストレスが生まれるのです。

小林正観さん

シェアさせていただきました。

押忍

ストレス

断酒

お酒を全く口にしなくなって、
かれこれ約10年となります。(^^)

10年間、完全に断酒です。
(嘘ではありません、本当です!笑)

よく「意思が強いですよね」と言われることがあるのですが、、

私の場合は全くの逆で、
「意思が弱いから」お酒を口にする事が出来ないのです。

(お酒を嗜む程度に楽しめないのです、度が過ぎてしまうのです。)

しかし習慣とは恐ろしいもので、
幸いにも、お酒を口にしたいとは全く思わなくなりました。

(酒席でお酒を楽しむより、家族と過ごしたり道場で稽古している時間の方が本当に楽しくなってしまいました。^_^)

20代後半から30代後半までの私しか知らない方々からは、
「本当か?また奴が嘘を付いている!」と思われてしまうと思いますが、、

、、本当なのです!笑

それほど、その10年間はお酒を呑んだということです。
(別に威張ることではありませんでした、すみません、、)

しかしながら、
逆にその10年間があったからこその「気付きの方」が私の人生には大きいのです、大き過ぎるのです。

全ては事象は必然であり、必要であり、ベストのタイミングで我が身に起こってくるのだと思います。

残りの人生、楽しみで楽しみでなりません。^_^

あえてここに書くことで自分への戒めとさせていただきました。

いつもありがとうございます。

ありがとうございました。

押忍(^^)                       石黒康之

断酒

どん底

【どん底からやり直した6人の人生】

衛生兵の時、休日にずっと絵を書いて変人扱いされる。
「想像力に欠けている」との理由で勤めていた新聞社を解雇。
会社を立ち上げるが計3回倒産。
お前の考える企画はどうでもいい連中しか
寄せ付けないと、市から建設を拒否される。
何度も企画書を直しては、銀行に融資を断られ
303回目で融資が決まる。

ウォルト・ディズニー・カンパニー創業者
ウォルト・ディズニー

ーーーー

学習障害で読み書きを覚えられずいじめを受ける。
映画学科のあるカリフォルニア州立大学の
入学を3回断られ、入学後、結局大学を中退する。

アカデミー賞を2度受賞する偉大な映画監督
スティーブン・スピルバーグ

ーーーー

高校バスケチームの代表から落選、理由は、
身長がコーチの希望に満たないため。
さらにはしばらくの間は補欠。

バスケットボールの神様
マイケル・ジョーダン

ーーーー

40以上の職を転々とする。
ガソリンスタンドを経営するが、倒産。
うつ病の真っ只中、レストランをオープンするが、
火災に見舞われる。
レストランを再建設するが、道路事情が変わり
人が来なくなり多額の借金を背負う。
フライドチキンの秘密のレシピを売るために
車でアメリカを走り回るが、1009回断られる。

ケンタッキー・フライドチキン創業者
カーネル・サンダース

ーーーー

当時、愛していた恋人と別れ勉学に励む。
貯蓄が底をつき、屋根裏部屋でろくに食事も
取れないぐらいの貧困生活を送る。

ノーベル物理学賞、ノーベル化学賞受賞者
キュリー夫人

ーーーー

小説を書くがまったく売れず。
その間に離婚し、貧困生活と、
うつ病を患い、自殺を考えるように。
1作目を12もの出版社に断られながらも
小説を書き続けた。
ついに書き上げた小説は「ハリー・ポッター」

4億部以上出版の史上最も売れたシリーズ作品
ハリーポッター著者
J・K・ローリング

ーーーー

著 本気で夢を叶える会

シェアさせていただきました。

押忍

どん底

試験

試験について
…………………………………

試験については、わたくしは、
人々がともすれば看過しがちな、
今ひとつ意義を認めるものであります。

それはどういうことかというと、人間というものは、
どうしても自分がしなければならぬ事柄に対しては、
たとえそれがどんなにいやな事柄であろうと、
またその事自身が、どれほど価値があると
否とにかかわらず、常に全力を傾けてそれと取り組み、
ついにそれをやり抜くということが大切でありまして、
このような人間的態度を鍛える点では、
試験というものは、登山や遠泳、
あるいはスポーツにおける合宿訓練などと同様に、
ひじょうに意義があると思うのであります。

ですから試験に対して、
真剣に取り組めないような人は、
人生の真の勝利者になることは、
どうも困難ではないかと思うのであります。

森信三 先生

致知出版社様メルマガよりシェアさせて頂きました。

押忍

試験

國井善弥先生

人の心に灯をともす様メルマガよりシェアさせて頂きました。
以下メルマガには剣豪 國井善弥先生の内弟子修行時代の事が書かれておりますが、
「正に我が意を得たり」
大山倍達総裁の内弟子修行にも全く同じ要素がありました。
やはり昔の武道家の先生方の内弟子への教え方は奥が深いです、深過ぎます。
ある意味、奥が深過ぎて理解が出来ないレベルなのかもしれません。
不幸にも総裁は先立たれておりますのでその真意の程をお聞きする事はもう出来ませんが、
総裁の残された書物や昔の武道家の先生方の書物を紐解く事でその真意の程が理解出来るのでは、と最近思います、、、
内弟子修行、、
「機転を利かす」修行
「洞察力を身に付ける」修行
それらを日々の鍛錬に繋げ稽古する。
「内弟子修行は人間修行(心眼を開く修行)」
いまから、ここから、、、
がんばります!
「人の心に灯をともす様」いつも本当にありがとうございます。
押忍                        石黒康之
******
【「才能」がある人は洞察力がある】
坪田信貴氏の心に響く言葉より…

鹿島神流第十八代宗家である剣術の達人であり、最後の剣豪とも言われている、國井善弥(くにいぜんや)という人がいます。

相手の望む条件での他流試合を受けながらも、生涯不敗であったと言われています。

現代の宮本武蔵ということで、“今武蔵”“昭和の武蔵”とも呼ばれています。

彼は、戦後、GHQから提案された試合(銃剣を持ったアメリカ兵との一騎打ち)に一瞬で勝利して、当時禁止されていた剣道・柔道・弓道などの日本の武道を復活させた立役者でもあります。

この國井善弥の師匠が、新陰流免許皆伝の佐々木正之進。

若き日の國井は、この師匠に練習をつけてもらうため、住み込みで弟子入りしました。

しかし内弟子としての最初の数ヶ月は、ひたすら師匠の雑用をやらされたそうです。

あれを持ってこい、これ持ってこい、あれやれこれやれと言われ続けるばかりで、剣術の修行は一切つけてもらえない。

そうして3か月ほど過ぎ、このままでは単に雑用係でしかない、と思い始めます。

剣術の稽古をしてほしくて弟子入りしたのに、朝から晩まで師匠の身の回りのお世話で1日が終わってしまうのですから仕方のないこと。

しかも、その師匠の言い付け方にも不満がありました。

「それ」とか「あれ」といった言葉で、曖昧な指示しか出してくれなかったのだとか。

これでは具体的に何を求められているのかが、わからない。

半年くらい経った時点で、こんなことをやっていても意味がない、このままでは自分の人生の貴重な時間を無駄にしてしまう、と思い至り、夜中にこっそり逃げることにしました。

しかし、師匠に見抜かれます。

そして「やはりそうか。何をしようとしているんだ」と言われます。

國井としては逃げようとしていたとは言えず、口ごもっていたら、道場に連れて行かれます。

國井は、もはや何をされても仕方ないと覚悟しました。

すると師匠が白線を1本、すーっと引いた。

そして「この上に立て」と促され、木刀を渡される。

さらに師匠は、自分で自分に目隠しをしたんです。

そして白線の上に立って、木刀を手にして構え、こう言いました。

「思い切って打ってこい。自分は攻撃をしない」

いくら師匠とはいえ、目隠しをしている人を相手にする以上、どう考えてもこちら有利、思い切り打ったら、師匠に怪我をさせてしまう。

逡巡する國井の気持ちを見抜いたのか、さらに言います。

「怪我をさせてしまうと思っているのかもしれないが大丈夫だ。とにかく全力で打ってこい」と。

もはやこれはやるしかない。

國井は目をぎゅっと瞑り、エイヤ!と声を上げて打ちに行きます。

しかし、打ったはずの瞬間に目を開けたら、目の前には誰もいない。

ハッと気づくと、相対していたはずの師匠が國井の真後ろにいました。

目隠しをしていた師匠が、いつの間にか後ろにいて、そればかりか、國井の後頭部で木刀を寸止めしている。

このとき師匠はこう言ったそうです。

「雑用をさせられてばかりで、お前は何も教えてもらっていないと思っていたのかもしれないが、私が教えていたのはこれだ」と。

でも、またまた國井には、師匠が何を言っているのかわからなかった…。

さて、師匠が伝えたかったことは何でしょうか。

師匠は、“わかりにくい言葉で”“無駄に”雑用を申し付けていたわけではなかった、「お前に足りないのは洞察力だ」ということを伝えたかったのだ、と言われています。

つまり、「『心眼』の獲得のためだった」と。

剣術というのは洞察力が大事です。

相手が右へ動こうとしているのか、それとも左か、打ち込みたいと考えているのか、何かを仕掛けようとしているのか…。

そういったことを瞬時に察知し、相手の隙を突かないと、やられてしまう。

使う木刀が“真剣”であれば、斬られることはすなわち命を奪われること。

そう考えると、これまで「ただの雑用だと思っていたこと」に、ちゃんとした意味があることがわかってきます。

師匠が朝起きて縁側に座ったとき、何を求めているのか?

「あれを持て」と言われたときの「あれ」とは何か?

新聞だろうか?と考えるわけです。

そして新聞を読むのであればメガネがいるだろう、お茶でも飲みながら読みたいだろう、と想像力、洞察力を働かせる。

國井が何ヶ月も「雑用だと思っていたこと」は、実は、洞察力を磨くための訓練だったのです。

自分が師匠から言い付けられていることはただの雑用だと思い込み、その背後にある意味もわからずに、自分の頭で考えることもなくぽーっと指示待ちをしているだけであれば、剣術を身につけるための第一歩さえも踏み出せていない、ということ。

『才能の正体』幻冬舎

坪田氏は本書の中で「才能」についてこう語る。

『相手が何を求めているのか?

これを想像し、洞察し、察知することは、勉強にもビジネスにも必要最低限のこと。

ビジネスでも、取引先や顧客が何を求めているかを考え、「相手が欲しいもの」を提示することが基本です。

相手や市場のニーズを察することのできる人が、ビジネスでも成功する。

それが実際はどういうことかというと、相手の次の動きを想像できるくらい、観察・洞察・想像することです。

そして、そこまでして、相手の思考や行動を見抜けるようになる人のことを、いわゆる「才能がある」と言うべきなのではないかな、と僕は思います。

才能がある人というのは「結果」を出せる人です。

結果はどういう人が出せるのか。

洞察力がある人に他なりません。

洞察力とは、物事を深く鋭く観察し、その本質や奥底にあるものを見抜くことであり、観察しただけでは見えないものを直観的に見抜いて判断する能力のことです。』

洞察力や想像力のある人は、「カンが働く人」「先の読める人」「察しが良い人」「センスのいい人」「ひらめきのある人」。

反対に、洞察力や想像力のない人は、「カンの鈍い人」「先の読めない人」「察しの悪い人」「人の気持ちの分からない人」「空気の読めない人」「場の雰囲気が分からない人」。

仕事にしても、言われたことしかできない人、指示待ちの人、依存心の強い人、受け身の人は、洞察力や想像力を働かすことはできない。

つまり、先回りして考えることができないので、仕事がどんどん遅くなる。

『「才能」がある人は洞察力がある』

時代を生き抜く、洞察力を身につけたい。

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押忍
國井善弥先生

いまにみておれ!

極真会館 若獅子寮 新寮生(一年目)へ向けての大山総裁のお話し、、

「君たちの気持ちは私はよく分かる。

昔、私も柔道の道場に通った時、
「空手の大山が来た!」と先輩たちに何回も何回も落とされてイジメられたんだよ、、

私、それが、悔しくて、悔しくて、道場からの帰り道に一人で泣いたものです、、

「今は雑草のように踏みつけられても今に見ておれ!」と、
そういった気持ちを持って毎日稽古精進したんです。

それがな、しばらくしたら、君たち、
私が毎日毎日道場に通うものだから、だんだんとその先輩たちが「今日も大山がきた!」と嫌な顔をする様になってきたんです。

それから本格的に柔道の道場に通うようになって半年、、、

「その先輩たちを全員、落としたよ!!」

君たちもそういった気概を持って稽古しなさい!

やれば出来るよ!

悔しかったら強くなれ!」

*****

本日、何故だか、
内弟子一年目時代(当時18歳)の総裁のこのお話しが脳裏をよぎりました。

ある意味、
「失敗、挫折は人生最大のチャンスである!」
とこの歳(50歳)になって実感できる様になりました。

「困った事は起こらない、それは学んでいる時である。」

「ピンチはチャンスであり、チャンスはピンチである。」

「大変な時は大きく変われる時である。」

良い時も悪い時も淡々と過ごしていけるよう日々の修行(自身の稽古・指導・事務仕事・日常生活)に精進して参ります。

いつも本当にありがとうございます。

押忍                 石黒康之

いまにみておれ! いまにみておれ!