お墓参り

本日、コロナ対策を万全にし、お盆に行くことが出来なかったお墓参りに行って参りました。

お墓参りの後は、三谷の海とその周辺を散歩し、偶然、ずっと探していた稽古用の丸太(流木)をゲット!^ ^

めちゃくちゃ、ついてました!笑

愛知県蒲郡市、、、三河湾と山に囲まれ、本当に風光明媚な美しい素晴らしい街であります。

身も心も清められ、明日からまた粛々と淡々と己のすべきこと、やるべきことに邁進して参ります。

本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。

押忍^ ^                石黒康之

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隙間活用

事務所横の物置場と化していた、隙間空間を有効活用し、ちょっとした筋トレスペースを作ってみました。

「観(看)脚下」、、、足もとを観よ

これを機に、様々な案件を一気に断捨離し、今一度、己の足下をしっかりと固めていきたいと思います。

押忍^ ^

隙間活用

大人物

「道端で靴を踏んだ、肩が触れた、君たちが頭を下げればいいよ。

頭を下げてケンカを売ってくる人はいないよ、
もしケンカを売ってきたら、その時は、のばしてしまえ!

何のために空手をやっているんだ!」

大山倍達総裁

上記の大山総裁のお言葉、いま思い起こしても心底痺れてしまいます。

しかしながら、今の時代、このお言葉を真に受けていたら、完全にアウト、、

総裁のお言葉は、裏の裏の裏までしっかりと真意を汲んで、理解しないと、実生活に於いて大変な事になってしまう、というお言葉を数多く残されておられます。

しかしながら、実は全て人間の本質論をズバリ突いておられるお言葉ばかりだと思うのです。

全てのお言葉が総裁の実体験から絞り出されて来ているので、心の奥底、魂の奥底まで響き、痺れてしまうのです。

実際、総裁は私が内弟子として3年間身近で仕えさせて頂いた期間だけでも、莫大な量の読書、学問をされておられました。

今東光和尚をはじめ数多くの著名な作家の先生方や文筆家の先生方との交流は、一武道家、一空手家の範疇を優に超えておられるのは間違いない事実だと思います。

それらの事は、総裁ご自身が残された御著書が数限りなくある事で実証されているのだと思います。

今となっては、総裁が残されたご著書を読みまくり、総裁の真意の程を再度勉強させて頂くしかその手立ては御座いません。

私の拙い50年間の人生の中でも、様々な先生方と実際にお会いし交流させて頂きましたが、未だかつて、総裁以上の大人物にお会いした事は御座いません。

晩年の総裁の内弟子ではありますが、私に出来る事は、総裁との実体験を通して感じた事や稽古方法を文章や口伝、実際の道場稽古現場指導で伝えていく事だけであると感じております。

総裁は偉大過ぎます。

私が感じた総裁は、総裁という大人物の一側面だけであるとは思いますが、その一側面だけで、総裁の偉大さを皆様に感じて頂けたらと思います。

皆様、今後とも何卒、宜しくお願い申し上げます。

ありがとうございました。

押忍            石黒康之

大人物

サングラス

最近、真夏の日差しがあまりにも強烈なため、
日中、車での長距離道場移動の際には眼の保護の為にサングラスをかけております(^^)

本日は長距離移動である蒲郡道場へ

道中、サングラスをかけている事をすっかりと忘れ、コンビニへ寄ると、、、

柄の悪い、丸坊主頭に黒マスク、サングラス姿の中年男がトイレの鏡に写り込みました。

また、変なヤツがいるなぁー、、と思ったのも束の間、、

その柄の悪い男の正体は、、、私でした!笑

短パンにTシャツ、丸坊主頭に、黒マスク、サングラス姿、、、

どう見ても変質者?笑、いや、、堅気では無い出で立ち

しっかりと反省し、今後は日中の車運転以外は速攻でサングラスは外す事と致します。笑

しかし、50歳代の働き盛りで、平日の日中、この出で立ちで過ごす事ができる。

ある意味、最高に幸せであるのかもしれません。

高校卒業時には自分の進路にノイローゼになるくらい、悩みに悩み抜きました。

極真会館 総本部 内弟子 若獅子寮 入寮

あの映画やTV、漫画や書籍で憧れ抜いた大山倍達総裁の内弟子になるのです。

それこそ、当時は地元の友達や家族とは一生会えなくなってしまうのではないのか、、、という位の覚悟が必要でした。

まさに「内弟子」とは「仏門の出家」と同等の意味を持つのだと、私には感じておりました。

所謂、世間の一般的なレールの上に乗っかった人生を歩むことは私には出来ませんでしたが、現在の私は幸せの極地を感じております。

大山総裁に、
松井館長に、
極真空手に、
極真の道に、、、感謝の言葉しか、御座いません。

今後も引き続き、極真空手を、極真の道を、、
静岡西遠・愛知東三河地区に普及し、発展させていく事に命をかけて参ります!

本日もありがとうございました!

押忍          石黒康之

ゴーマニズム宣言

久しぶりのゴー宣(ゴーマニズム宣言)^ ^

今回のコロナ騒動、一方向に偏る事なく、様々な角度から自分なりの考察を繰り返しております。

押忍
ゴーマニズム宣言

写し鏡

もし、自分の目の前の現象が「自分の心の写し鏡」だとしたら、現実には、鏡の様に逆の現象が起こっているのだろうか、、

良い事の中には悪い事の芽があり、

悪い事の中には良い事の芽がある。
「好事魔多し」
ようは、一喜一憂する事なく、目の前のまともな人に親切にし、目の前の日常のやるべき事、すべき事を、たのしく、粛々と淡々とやっていく、、、
うーん、実に難しい、、
たぶん、自分には、死ぬまで、一生、答えなんて見つかりませんね!笑
人間があまり、悟ろうとしたり、神様に近づこうとしたり、不思議系に入り込んでいくのは逆に危険の様な気が致します。
日本国に於けるところの神様は天照大御神(太陽神)
人間がお天道様(太陽)に近づき過ぎたら、逆に大火傷して死んでしまいますものね。
人間は人間らしく、俗世の中で、人間らしくたのしく生きていく!
人は人の間で生きて人間、まともな人に親切にしながら生きていく!
私にとって、これが一番、たのしいし、楽な生き方
と、、妙な事をを考えていた一日でした。笑^ ^
押忍         石黒康之
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一、忙中閑あり
「ただの閑は退屈でしかない。ただの忙は文字通り心を亡ぼすばかりである。真の閑は忙中にある。忙中に閑あって始めて生きる」
二、苦中楽あり
「いかなる苦にも楽がある。貧といえども苦しいばかりではない。貧は貧なりに楽もある」
三、死中活あり
「死地に入って活路が開け、全身全霊をうちこんでこそ何ものかを永遠に残すのである。のらくらと五十年七十年を送って何の生ぞや」
四、壷中天あり
「世俗生活の中にある独自の別天地をいう」
五、意中人あり
「常に心の中に人物を持つ。或いは私淑する偉人を、また要路に推薦し得る人材をここというように、あらゆる場合の人材の用意」
六、腹中書あり
「目にとめたとか、頭の中のかすような知識ではなく、 腹の中に納まっておる哲学のことである」
「六中観」
安岡正篤先生
Wikipediaよりシェアさせていただきました。
写し鏡

二極化

コロナ騒動によって、マスコミでも「分断」「二極化」という言葉が頻繁に聞かれる様になってきました。

「コロナという現象は一つ」、、全ての人間にとってニュートラルな状態で起こっている訳であります。

その現象を各々の人間のフィルターに通すと全く違った結果、現象を作り出している状態が「今」なのだと思います。

おそらく、完全に分断、二極化されてしまえば、今後はもうあまり交わる事は難しくなって来てしまうのでしょう、、、

これらの事はコロナ騒動によってより顕在化され、現実化される事は間違いなさそうな気が致します。

きっとコロナ騒動がおさまった後の世界は、各々の人間が身の丈に合った、似た者同士が集まる心地よい世界の中で生きていける良い時代になるのかもしれませんね、、

押忍            石黒康之

二極化

型競技大会

いつ型競技試合(50歳以上男子の部)が行われてもよい様に、今やるべき事、今すべき事、今出来る事、を粛々と進めております。

令和になり、50歳になり、2020年になり、withコロナ時代になり、、、

いま一度、全てをリセットするつもりで、
自身の稽古・学問、道場経営、指導方法を一から見直し、作り直しております。

ある意味、コロナ騒動がなければ、そのままの日常に忙殺されていたかもしれません、、、

「人生は心一つの置き所」

淡々と粛々と一日一日を結びあげて参ります。

押忍        石黒康之

ナイトプール

日中の酷暑から、、ナイトプール?(笑)とおうちキャンプへ突入です(^^)

明日から、通常稽古、気合い入れてがんばります。

本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。

押忍^ ^

ナイトプール ナイトプール ナイトプール

浜松 40℃越え

浜松、現在、40℃越え、、(°_°)

さすがに子供用プールに水を張り、飛び込みました!^ ^

熱中症対策にコロナ対策

神様はなかなか私たち人間の心根を鍛え上げて下さりますね。

ある意味、感謝、感謝で御座います。

押忍^ ^

浜松 40℃越え