受けた恩は忘れるな、受けた恨みは忘れてしまえ。

いいか君たち、
よくおぼえとけよ、、、

「受けた恩は忘れるな、受けた恨みは忘れてしまえ。」

受けた恩は忘れるな、受けた恨みは忘れてしまえ。いつまでも、あいつがあの時どうしたこうしたなんて小さな事を言っておるな、
そんな恨みなんて全部忘れてしまえ!

しかしな、君たち、、
受けた恩は絶対に忘れるなよ、どんなに小さな恩でもだぞ!

そして、そのどんな小さな恩でも、
出来る時が来たら必ず倍にして返しなさい!

それが男の生き方です。

それが極真空手家の生き方です!

わかったー

大山倍達総裁

押忍                                    石黒康之

飢えと孤独

飢えと孤独ある日の極真会館 若獅子寮 夕食会にて、、

「君たちねぇ、人間にとって最も怖いのは、飢えと孤独だよ!
まぁ、君たちが暮らす今の豊衣飽食飽満の世の中では分からないだろうねー
飢えと孤独は怖いよー」

大山倍達総裁

*****
上記のお話しを総裁はよく毎週金曜日の内弟子との夕食会の席で、
孫ほど年が離れている我々に昔を思い出す様な面持ちで仰っておられました。

総裁が実際に体験経験されたであろう、、

大東亜戦争後の焼け野原で何も無くなってしまった経験、
山籠もりでの経験、
戦後幾度となく命のやり取りをなされたであろう経験など、、、

全てが実体験

いくら時代が違うと言われても、
やはり総裁の実体験から発せられるお言葉や所作には凄味があり過ぎました。

この様な総裁の実体験から生まれたのが、
「極真空手」「極真精神」であるのだと自分は個人的に考えております。

お恥ずかしい話しですが、
戦後ののんびりと平和ボケしてしまっている私などには、
未だに「飢え」と「孤独」の怖さがいまいち実体験としてピンと来ない状態であります。

人間としてまだまだ甘いわけであります。
未熟なわけであります。

「武の道において真の極意は体験にあり、よって体験を恐るべからず。」

大山倍達総裁座右の銘十一箇条(十箇条目)

少しでも少しでも極真空手を極真精神を身に付けていける様に今後も努力精進して参ります。

押忍                            石黒康之

側坐核

側坐核笑うから、楽しくなる。

感謝するから、幸せになる。

やるから、やる気がでる。

 

押忍!                    石黒康之

釣り

春の親睦合宿業務も無事に終わり、
目の前の浜名湖で少しだけ竿を出してみました!(^^)

いよいよ2週間後には国際大会

気合い入れて挑みたいと思います。

押忍^ ^釣り

内弟子

国際空手道連盟
極真会館 総本部内弟子 若獅子寮の大先輩である、
北本久也師範(現 和歌山県支部長)と旧総本部道場鏡開き(1999年1月11日)にて撮影

めちゃくちゃ懐かしいです(^^)

押忍内弟子

人間は、、、

正義感と使命感をたくさん持っている人間ほど、人を恨み、憎み、争いと戦いの心を持つ。

それは正義なのでしょうか。
危ないのではないでしょうか。

人間は、ろくなものではないとわかっている人は、
他人を糾弾しないし、憎んだり恨んだりしない。

小林正観さん

シェアさせていただきました。

押忍人間は、、、 人間は、、、 人間は、、、

学校or社会

学校向きじゃない子は社会向き。
社会向きの子は早く社会に出るほうがいい。

斎藤一人さん

シェアさせていただきました。

押忍(^^)学校or社会

本当の意味での強さ

ある日の内弟子稽古より、、、

「いいか、君たち、
君たちが道着を着て稽古して汗を流しているから、
皆んなから、先生、先輩、と言ってもらえるんだぞ!

君たちが道着を着なくなって稽古しなくなったら、
もうただの人なんだぞ!

本当の意味での強さとは最後まで道を諦めずに辞めなかった人間のことなんだぞ!」

大山倍達総裁

*****
それと同時に総裁には、
「道着を着ていない時(普段着の時)でも極真の黒帯だと分かるような立派な立ち居振る舞いの出来る人間になりなさい。
道着を脱いでいる時にこそ本当の意味での真価が問われるんだぞ!」
とも口酸っぱく御指導を頂きました。

押忍                      石黒康之本当の意味での強さ

喧嘩

「たてまえではいろいろあるよね、

心身を強くするために空手を始めたと。

それはたてまえであって、

本当はケンカに強くなりたいんだよ。

ケンカに強くなリたいやつが、

早いし強い。」

大山倍達総裁

内弟子時、総裁のこのお言葉には心底痺れました!

この総裁のお言葉を文面通りに捉えてしまえば、

今現在の世の中では理解され難く賛否両論、

ある意味、批判の対象にされ兼ねません。

しかしながら、

総裁の残された他のお言葉の数々をよーく理解しながら読んでみれば、

文面こそ過激ですが実は物凄く人間の本質論に迫る理にかなったお言葉であることに気付いて参ります。

私個人的な解釈ではありますが、

極真空手、大山倍達総裁の空手とは、

全ての面で理屈でなく実践(行動)がものを言う空手であると理解しております。

当時の道場稽古にしましても先ず稽古量が半端ありませんでした。

兎に角、一つ一つの技の動作を繰り返す量が半端なく凄かったのです。

(特に内弟子稽古では一動作の移動稽古、

一つの型稽古、一つの技の三本組手などの対人稽古を各々延々と一時間以上繰り返すのは当たり前でした。)

実践なくんば、証明されず、

証明なくんば、信用されず、

信用なくんば、尊敬されない!

大山倍達総裁

上記の、

「実践」を「行動」に置き換えてみれば、

もうこの地球上の法則、

原理原則であることには間違いない訳であります。

何事にも於いても率先垂範、先ずはやってみる、行動してみる空手、

それが極真空手であると自分は個人的に考えております。

「君たち!

出来ないんじゃないんです、やらないんです!

やれば出来るよ!」

50歳の声を聞く一歩手前、

今更ながら総裁のお声が頭の中を駆け巡っております。

押忍!                            石黒康之喧嘩

我人間ぞ

空手家であり、

指導者であり、
経営者であり、
それよりも何よりも一家の長であり、
人間である!
押忍                         石黒康之我人間ぞ