内弟子

国際空手道連盟
極真会館 総本部内弟子 若獅子寮の大先輩である、
北本久也師範(現 和歌山県支部長)と旧総本部道場鏡開き(1999年1月11日)にて撮影

めちゃくちゃ懐かしいです(^^)

押忍内弟子

人間は、、、

正義感と使命感をたくさん持っている人間ほど、人を恨み、憎み、争いと戦いの心を持つ。

それは正義なのでしょうか。
危ないのではないでしょうか。

人間は、ろくなものではないとわかっている人は、
他人を糾弾しないし、憎んだり恨んだりしない。

小林正観さん

シェアさせていただきました。

押忍人間は、、、 人間は、、、 人間は、、、

学校or社会

学校向きじゃない子は社会向き。
社会向きの子は早く社会に出るほうがいい。

斎藤一人さん

シェアさせていただきました。

押忍(^^)学校or社会

本当の意味での強さ

ある日の内弟子稽古より、、、

「いいか、君たち、
君たちが道着を着て稽古して汗を流しているから、
皆んなから、先生、先輩、と言ってもらえるんだぞ!

君たちが道着を着なくなって稽古しなくなったら、
もうただの人なんだぞ!

本当の意味での強さとは最後まで道を諦めずに辞めなかった人間のことなんだぞ!」

大山倍達総裁

*****
それと同時に総裁には、
「道着を着ていない時(普段着の時)でも極真の黒帯だと分かるような立派な立ち居振る舞いの出来る人間になりなさい。
道着を脱いでいる時にこそ本当の意味での真価が問われるんだぞ!」
とも口酸っぱく御指導を頂きました。

押忍                      石黒康之本当の意味での強さ

喧嘩

「たてまえではいろいろあるよね、

心身を強くするために空手を始めたと。

それはたてまえであって、

本当はケンカに強くなりたいんだよ。

ケンカに強くなリたいやつが、

早いし強い。」

大山倍達総裁

内弟子時、総裁のこのお言葉には心底痺れました!

この総裁のお言葉を文面通りに捉えてしまえば、

今現在の世の中では理解され難く賛否両論、

ある意味、批判の対象にされ兼ねません。

しかしながら、

総裁の残された他のお言葉の数々をよーく理解しながら読んでみれば、

文面こそ過激ですが実は物凄く人間の本質論に迫る理にかなったお言葉であることに気付いて参ります。

私個人的な解釈ではありますが、

極真空手、大山倍達総裁の空手とは、

全ての面で理屈でなく実践(行動)がものを言う空手であると理解しております。

当時の道場稽古にしましても先ず稽古量が半端ありませんでした。

兎に角、一つ一つの技の動作を繰り返す量が半端なく凄かったのです。

(特に内弟子稽古では一動作の移動稽古、

一つの型稽古、一つの技の三本組手などの対人稽古を各々延々と一時間以上繰り返すのは当たり前でした。)

実践なくんば、証明されず、

証明なくんば、信用されず、

信用なくんば、尊敬されない!

大山倍達総裁

上記の、

「実践」を「行動」に置き換えてみれば、

もうこの地球上の法則、

原理原則であることには間違いない訳であります。

何事にも於いても率先垂範、先ずはやってみる、行動してみる空手、

それが極真空手であると自分は個人的に考えております。

「君たち!

出来ないんじゃないんです、やらないんです!

やれば出来るよ!」

50歳の声を聞く一歩手前、

今更ながら総裁のお声が頭の中を駆け巡っております。

押忍!                            石黒康之喧嘩

我人間ぞ

空手家であり、

指導者であり、
経営者であり、
それよりも何よりも一家の長であり、
人間である!
押忍                         石黒康之我人間ぞ

修業とは

修業とは■修業とは矛盾に耐えることを覚えることといっていい。

■前座という修業期間には徒弟制度という矛盾に耐える稽古を積んできた者の方が、人間的な幅がつく。

ところが下手をすると、この形式に耐えてきたというだけで威張る者も出てくる。

■矛盾というか、いいたいこともいえないし、自分の意見や主張がまるでいえない状態に耐えてきた人の方が、後になって、後輩に対して思いやりがあるようになるもので、ストレートに育ってきた者より、はるかに理解力がある。

立川談志(落語家)

押忍!

あの頃の浜松を、、、

本日、極真 浜松大蒲道場師範稽古の指導を終え自宅へ帰る途中、
浜松市街中の旧松菱デパート跡地に興味を惹く看板を発見致しました!

文章を読ませて頂いて、、、

私が小学生、中学生、高校生時代(今から約30年〜40年前)の浜松市中心街の賑わいを思わず想い出してしまいました。(^^)

その時代の浜松市中心街には様々なデパートやお店がひしめき合っており、
休日ともなれば相当な人出や賑わいがありました。
(特に私が小学生時代には今の浜松城公園に動物園がありそれはそれで子供心にも楽しくて楽しくてたまりませんでした。^_^)

何より何より、
街中に出るだけで楽しくてワクワクしたのを思い出します!(^^)

浜松市中心街の活性化問題などは、
私の様な一介の一町空手道場の先生が言よする余地は御座いませんが、
私は私のフィールドである極真空手道場を通して少しでも浜松市の活性化や地域社会のお役に立てればと糞真面目に考えております。

その為には先ず、、、

「修身斉家治国平天下」

何よりも己自身の身の修養に努め、
家庭円満の日々を送る事を第一義に努めて参りたいと思っております。

押忍                         石黒康之あの頃の浜松を、、、

時間は作るもの

時間は作るもの 時間は作るもの 時間は作るもの稽古(空手)する暇がないという人は、
たとえ暇ができても、
稽古(空手)することはできない。

「時間は作るもの、
出来ない、やらない理由を探さない。」

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自分自身への戒めで書かせて頂きました。

押忍!